英会話スクールの社内恋愛から国際結婚!アメリカ移住へ

海外で暮らすことに憧れを抱いている人、夢を持っている日本人は、たくさんいるように感じます。実際、私の周りの友達から「いいなー、外国で暮らせて!」と言われます。楽しいことももちろんありますが、まだ移住して日が浅いので、大変なことも多々あります。今回はなぜ私が海外で暮らすことになったのか自己紹介を交えて、ご紹介したいと思います。

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英会話スクールで運命の出会い

国際結婚してアメリカへ海外移住
アメリカ人の夫との出会いは社内恋愛。と言うと驚かれることが多いのですが、私と夫が働いていたのは英会話スクールを運営している会社。

そのため社内には沢山の欧米人とアジア人も働いていて、国際結婚している人は珍しくない、という日本では少し変わった会社でした。

元々一英語講師として広島県で働いていた夫と、スクールをPRする営業マンとして札幌で働いて私。名古屋の本社へ転勤の話を頂き、軽い気持ちで承諾。

私にとっては、生まれて初めて北海道を出るという一大決心でした。でも、若いうちはいろんな経験を積んだ方がいいと考えていたので、即決しました。

運命的な転勤、そして出会い

英会話スクールで社内恋愛から国際結婚

偶然にも未来の夫となる彼も、本社でネィティブのポジションが空いたので、それに応募。

数ある応募の中から見事合格して、私と同じように地方から名古屋へ転勤してきた、いきさつがあります。そこで私達は出会い仲良くなっていきました。

実は私の方が一目惚れして、超積極的に、今でいう「肉食系女子」丸出しでアタックしていった感もありますが…。

国際結婚、そして出産

国際結婚して出産、アメリカ移住への道

結婚してすぐ長男誕生。北海道からお産のお手伝いに母が来てくれました。

そしてつくづく、子どもができると頼れる家族や親せきが近くに住んでいれば、とっても助かるな~という思いました。夫も同感だったようです。

名古屋は、彼も私にとっても、縁もゆかりもなかった場所。札幌にも支社があるので転勤したい、と部長に転勤を直談判。でもネィティブのポジションがなく、泣く泣く名古屋で暮らしていました。

初めての子育てに悪戦苦闘しながらもそんなこんなで3年後、めでたく第二子を妊娠。

英会話スクールと交渉、転勤

国際結婚から第二子誕生、アメリカ移住への路

さすがに子どもが増えると上の子の用事と下の子のことも増え、ベビーシッターしてくれる人が必要だと強く思うことがしばしばでした。再度、部長に「札幌に転勤させてくれないのなら、会社を辞めます」とまで言ってしまった旦那様。

ポジションがないなら自分で作ると言わんばかりに、今の仕事は札幌でもできるし、こんなことも新しく出来ると部長に猛アピール!

おかげで見事私の地元北海道へ転勤できることになりました。さすが自己主張をはっきりするアメリカ人。日本人の男性とはちょっと違う一面かも。

いざアメリカへ海外移住の決心

いざ、アメリカへ移住

その後しばらくは、住み慣れた札幌に戻ってこられて幸せを実感する日々でした。

やっぱり自分の親の近くに住めると、孫とも遊べるしなんて子育てにいい環境なんだろう!と、嬉しく思っていました。

それと同時に、いつかはアメリカに引っ越して、子ども達には英語を母国語として育てたい、という話が現実味を帯びてきました。

私は、「上の子が小学校に入るくらいに移住できたらいいなー」くらいの気持ちでいました。一方、夫は、「いきなり日本の幼稚園を卒園して英語だらけの小学校に入れるのは可哀想だ。幼稚園から入れて英語に慣れさせた方が子どものためになる!」ということで、突然移住の準備を始めることとなりました。

パスポート、ビザ、アメリカ移住手続きはたいへん

パスポート、ビザ、アメリカ移住手続きはたいへん

子ども達はアメリカのパスポートを持っているので問題なし。

問題なのは私。ビザの申請には膨大な英訳書類をそろえたり、面接がありと長くて大変な道のりでした。国にもよるのでしょうが、アメリカは移住するのに時間とお金がとーっても掛かりましたよ。

今の私は英会話に必死!

家族でアメリカ暮らし、まずは英会話!
今私は言葉の壁にぶち当たっています。義理両親や義理兄姉との家族とのコミュニケーションが十分ではありません。それに比べて子ども達は何の苦労もせずどんどん英語を話すようになっていく…。よし!母ももっと積極的になって英会話を頑張るぞ!

執筆者:マイマイ(ペンネーム)

プロフィール:アメリカ メイン州で子育て真っ最中の主婦。豊かな自然に恵まれるも、道路で車に轢かれた小動物の死骸を見ない日はなく、げんなりします。

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